【教話】神は向こうあけ放し

安部 賢雄 師(兵庫・出崎)

形にとらわれない生き方

教祖様は、岡田キクという方が「私は病身で、長生きはできないような気がしてなりません」と申し上げた時、「人の命は人間の考えではわからない。神は向こうあけ放しであるから、信心して神徳を積んで、長生きするがよい」と教えておられます。「神は向こうあけ放し」という言葉からは、人間のちっぽけな思惑などはるかに超えた世界、どこまでも私たちを包み込み、限りなく広がる神の世界がイメージされます。

向こうあけ放しの神を頂く生き方とは、どういうことでしょう。それは、形にとらわれない生き方ではないでしょうか。財や地位や物についても、家庭をはじめとした人間関係でもそうでしょう。さらには命でさえもそうでしょう。全て「こうあるべき」という姿を描かないで生きていく。起きてくることをあるがままに受け入れ、神様に願い、お任せしていく。そうなれば、心には何のわだかまりもなく、とらわれるものもなく、先を煩うことなく、なんと自由で楽な生き方ができることでしょうか。教祖様は、まさにそういう世界を生きられたのではないかと思うのです。

病をとおしてまとまる家族

4年前の6月初めのこと、当時33歳の長男に精巣がんが見つかりました。10万人に1人の確率で発症する病気で、若い人に多いそうです。本人は数カ月前から異常を感じていたそうですが、心配になってきたのか、ある夜、電話で相談してきました。私が強く診察を勧め、病院に行った結果、すぐに判明したのでした。

まさかと思いました。それも、下腹部のリンパ節に転移まで認められるというのです。小学校の教員をしている息子には、お付き合いしている人がおり、結婚の話もまとまりかけていた頃でした。「その結婚も駄目になるかもしれない。子どもも望めない人生になるかもしれない。最悪の場合、命を閉じることになるかもしれない」と、心配は膨らんでいきます。「できれば代わってやりたい」という親の心を分からされ、「息子にとって結婚を控えた大事な時にどうしてですか」と神様に文句を言いたいような気持ちにもなりました。

それでも、いよいよは神様におすがりするしかありません。その夜のご祈念の時、「神様も親の心そのままに心配してくださっている。息子もここまで33年間命を頂いて、精いっぱい生きておかげを頂いてきたのだ」と思え、お礼を申し、少し心が落ち着きました。

心配を抱えながら神様に向かう中で、いろいろと分からされることがありました。このことをどのように受け取らせていただいて、どのように進んでいくか。おかげにするも難儀にするも本人次第です。息子にとって、ここがスタートだと思いました。私たち夫婦にとっても、病気を持った子の親として、ここがスタートです。私自身の修行として、心を整えて、あらたまって取り組ませてもらわねばと思わせていただきました。「がんという病気になったのではなく、そういう病気を頂いたのだと受けさせていただき、おかげにしていかねば」と思われ、息子にもそう話しました。

病気をきっかけに、息子は真剣に神様に向かうようになりました。自分の命と向き合うのですから、真剣にならざるを得ません。ありがたいことに、その姿勢は今も続いています。また、家族全員で神様に向かうことができました。普段バラバラのように見えても、何かあるとパッとまとまる。家族とはいいものだと思います。病気が分かってすぐに私の誕生日がありましたが、皆半分泣きたいような気持ちの中祝ってくれ、忘れられない誕生日になりました。

病気のことを知った息子の相手の彼女は、「今まで忙し過ぎたから、少し休息しなさいということじゃないの。その代償が、抗がん剤の治療で髪の毛が抜けることかな。入院したら、時間がいっぱいあるから、外国語でも勉強したら」と、あっけらかんと言ってくれたそうです。本人はどんなに気が楽になったことでしょう。

また、ある信者さんは、「先生、先の方にぼわっと明るい光が見える気がします。必ずおかげになりますよ」とうれしい言葉をくれました。神様にお願いした以上、必ずおかげになることを信じる他ありません。

腹部に神様を頂いて

入院し、手術を無事にさせていただきました。しかし、その後も切除した部分の詳しい病理検査、転移箇所の検査が続きます。その中で、「必ずおかげになるということもだが、もうおかげを頂いている。今の今、おかげのなかにある」ということを、ひしひしと感じさせていただくようになりました。

もし息子が電話をくれず、診察を勧められなかったら、どうなっていたでしょう。よい病院を紹介していただき、検査、入院、手術できたこと、教主金光様をはじめ親先生、親族、信者さん、友人たち、多くの方のお祈りを頂いたこと、家族が力を合わせられたこと、お付き合いをしている相手が変わらず支えてくれたこと、たくさんのおかげを頂いての療養生活です。ずっとおかげを頂き通しであることに気付かせていただいたことが本当にありがたく、お礼を申し上げました。

息子は病院から、相手のご両親に「こんな自分ですが、どうか娘さんとの結婚を許してください」と心からの手紙を出しました。すぐに、「よろしくお願いします」とありがたい返事がありました。親とすれば、わが子の結婚相手がそんな病気にかかっていることを、どんなに心配されたことでしょう。よく許してくださったと感謝しました。

そういう中、病理検査の結果が出ました。悪性であればすぐに命に関わるということですが、幸いにも良性の部類に入ることが分かりました。診察室の前で思わず、私と息子は握手して喜びを分かち合いました。大きな関門の突破です。

続いて、全身への転移の検査です。その結果、下腹部のリンパ節への転移以外には認められず、その箇所もまだ活発には活動していないということが分かりました。数カ月間の放射線や抗がん剤治療を覚悟していた私たちには奇跡のようでした。しかし、この時には難しい選択を迫られました。医師からは、「今のうちに放射線治療をした方がよい」と強く勧められたのです。しかし、父子で相談し、出した答えは「体への影響を考え、これ以上の治療をせず経過観察をしていこう」というものでした。そして、「腫瘍を、病巣ではなく、腹部に神様を頂いていると思い、大切にしていこう」と話し合いました。

この時のことを思い出すと、不思議な感じがします。先がどうなるか分からない中にも、何ら不安がありませんでした。どういう形で病状が現れてきても、それを受け入れていこう、神様にお任せしていこうと素直に思えました。まさに、「向こうあけ放しの心」であったように思います。

安心の気持ちを頂いて

退院して落ち着いてから、息子は、「この病気は自分に必要な病気だった。今まで自分の分量、器量を超えて働いてきた。体にも無理を強いてきた。努力することは大事だが、自分の分をわきまえて謙虚に生きていくことの大切さを教えられた」と、しみじみと言いました。さらに、「弱い自分がギリギリ乗り越えられる病気を与えてくださったように思う。それでも最初、次々と不安が襲ってきたが、それが少しずつ安心に変わっていった。神様、みたま様のお働き、多くの方のお祈りを頂いて、安心の気持ちで病気と向き合って治療ができたことがありがたかった」と、信心の上でも大きくお育てを頂いたようです。

私自身も、このことをとおしていろんなことに気付かせていただきました。一つは、私自身の健康です。息子が、「お父さんの年まで大した病気もせず、元気でいることはすごいことだ」と感心したように言います。確かに、息子がお世話になった病院には、多くの方が入院しており、検査や診察を待っている人があふれていました。あらためて、自分が健康であることにお礼が足りなかったと反省させられました。

もう一つは、家族のことです。思い返すと、この数年の間に、息子をはじめ家族にいろいろな問題が起きてきました。しかし、それが一遍にではなかったので、一つ一つ乗り越えていくことができました。問題が続くことを不満に思うのではなく、そのように受け取らせていただけることをありがたく思います。

また、お取次を頂けることの幸せを、あらためて実感させていただきました。ご本部お広前があり、親教会お広前があり、お取次を頂くことができます。お届けするだけで、聞いていただくだけで、救われる世界があるのです。私自身も人を取り次ぐ身として、貴重な体験をさせていただきました。どこまでも真摯しんしに聞かせていただくことを大切に、子を思う親心そのままに、お取次の御用に当たらせていただきたいと思わされました。

息子はその年の秋に復職し、翌年の春には晴れて結婚式を挙げさせていただきました。式の直前の検診では、驚いたことに、転移した病巣が消えていることが判明しました。神様が治療してくださったのだと思いました。そのおかげで、息子も私たち家族も、心晴れやかに式に臨むことができたのです。その後も病院での定期的な検査は続いていますが、元気に日々を過ごさせていただき、昨年には子どもを授けていただくというおかげまでこうむりました。

振り返ると、息子が言ったように、神様を頂くことで、安心の気持ちで通らせていただけたこと、さらには少しでも向こうあけ放しの心を頂いたことを、ありがたく思わせていただいています。その時その場で神様を頂いて、起きてくる事柄をあるがままに精いっぱい受け止め、そのことに誠実に向き合って生きていけば、大きな助かりの世界が広がっていると信じています。どんなことが起きてこようとも、神様を頂き、「向こうあけ放し」の生き方を進めていきたいと願っています。

 『金光教教報天地』平成28年5月号掲載